2010年11月2日火曜日

■まごころ論語 第一巻




  □一―一(学而第一―六)
 孔子が若い弟子達に言いました。
「まず、家にあっては孝を尽くし、社会に出ては目上によく仕え、慎み深くして信義を守り。仁のある人と親しくすることだ。それを実行して、なおかつ余力があったら書物を学ぶがよい」


□一―二(学而第一―二)
孔子の弟子、が言いました。
「親に孝を尽くし、年長者を大事にする人柄でいて、目上に逆らうことを好む者は少ない。目上に逆らうことを好まないのに、乱を起こすのを好むような者はめったにいない。
 君子は根本に力を入れる。根本が立って初めて道が生ずる。親に孝を尽くし、年長者を大事にすることこそ、まことに仁の根本と言えよう」



□一―三 (学而第一―七)
   孔子の弟子、が言いました。
「すぐれた先達を慕うことが色を好むことに勝り。父母にはできるかぎりのことをし、主君に対しては献身的に仕え、友と交わっては誠のある者なら、たとえ学問していないと言われても、これこそ本当の学問を身につけた者と評価する」

□一―四(里仁第四―一八)
  孔子が言いました。
「父母に尽くしその過ちを見つけだしたときはやかにめ、聞き入れられなくとも頭から逆らわず、父母を敬してなお努力をつづけて不平を言わない
ようにしなさい」




□一―五(学而第一―一一)
  弟子達に、どういうのが本当の孝行者であるかと聞かれて、孔子は言いました。「父の元気なときはその志を理解しようと努め、父が亡くなった後は生存中の行動を振り返ってみる。
 三年の喪の期間、父のやり方を改めなければ孝行者と言えよう」




□一―六(憲問第一四―八)
   孔子が言いました。
「その人を愛すればこそ、将来のため苦労させずにはおれない。まごころがあればこそ、進歩向上を諭さずにはおれない」


□一―七 (為政第二―七)
   弟子のが孝行について尋ねると、孔子は言いました。
「今は孝行といっても、ただ生活の面倒をよくみるだけだ。だが、それだけなら犬や馬でもよく養っている。もし尊敬の気持ちがなければ何の違いがあろう」





□一―八(為政第二―八)
   弟子のが孝行について尋ねると、孔子は言いました。
「敬愛の心が顔の表情にまで表れているのが肝心だ。事あれば若い者が労力を惜しまず、酒の席ではまず年長者に差し出す、そんな形の上だけで孝行と言えるのか」





□一九(里人第四二一)
   孔子が言いました。
「父母のくらいは覚えていなければならない。一つには長寿をび、もう一つには健康を心配するのだ」


□一―一〇(先進第一一―二一)
  弟子のが、
「義にかなうことを聞いたら、すぐ実行するのですか」
と質問しました。孔子は答えて、
「父兄がいるのに意見も聞かず、何で聞いたらすぐ実行してもいいものか」
と言いました。弟子のがまた同じことを質問した。
孔子は、
 「そうだ、聞いたらすぐに実行しなさい」
と答えました。弟子のが孔子に質問した。
「同じ問題について、に答えるところと、に答えるところが違っているのはいかがな理由でしょうか、私にはわけが分かりません」
孔子は答えて言いました。
は引っ込む方なので積極的にやるように奨めた。子路は出過ぎる方なので慎重にするようにさせたのだ」




□一―一一(為政第二―六)
  の家老のが孝行について質問しました。孔子は言いました。
「親には心配をかけないことだ。親はあなたが病気になることを一番心配されているのです」


□一―一二(子張第一九―一八)
  孔子の弟子、が言いました。
「私は先生からお聞きしました。『の大臣、の孝行は、他のことならいざ知らず、父の残した老臣と、しきたりを変えなかったというのは真似のできるものではない』と」


   
□一―一三 (泰伯第八―三)
 孔子の弟子、が重病になったとき、門人たちに言いました。
「私の足を見よ、手を見るがよい。詩経に『として深い淵の断崖に立っているように、又薄氷を踏むように』とあるように、私は父母から授かった体を故なくそこなわないよう、恐れ震えながら、心を張りつめ大事にしてきた。でもこれからはもうそんな心配はいらなくなった」

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